釣り遍歴の最近のブログ記事

宮城の投げ釣り

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マコガレイ 2004.6.13 渡波港
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アイナメ 2004.6.13 渡波港
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イシガレイ 2004.8.15 大畑浜
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マルタ 2004.8.15 磯浜港
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リュウグウハゼ 2004.9.4 波板港
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ウミタナゴ 2004.11.7 吉田花渕港
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マハゼ 2004.11.7 吉田花渕港
突然の仙台への転勤から1年間の新種です。
なんせ、釣り場も釣り方も時期も、そもそも何が釣れるのかもわからないまま、とにかく投げ釣りをメインに県内のあちらこちらをまわりました。
取り敢えずの感触としては茶色い魚が多いな、ということ。銀ピカ系は望めそうにないのかな?次にテンビン使って投げると必ず回収時には仕掛けが絡まっていること。理由は不明ですが、胴突き形式にするようになりました。あとは、やはりどこへ行っても空いていること。でも逆に人気(ひとけ)がなさ過ぎて、夜釣りは怖かったりします。
まだまだわからんちんですが、続きは日記のほうで。

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カサゴ
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マアナゴ
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オオスジイシモチ
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コモンフグ
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ゴンズイ
それは本当に偶然でした。
私は会社勤めなので、休みは土日、弟は自営業なので水曜が休みになりました。結果、休みが合わず一緒に釣りに行く機会も激減していました。そんなある年、11月3日の文化の日が水曜と重なり、24時間釣りをしようということになりました。
前の晩から出発して宇久須港~田子港と夜釣りをしたのですが、大した釣果に恵まれず、翌朝宇久須港へ戻って青物に賭けました。が、それも玉砕。日中は構内のチョイ投げでキスやメゴチをポツポツと釣ったのですが、このままでは収まりがつきません。翌日は仕事なので高速のインターがある沼津に向かいつつ、どこかでもう一回だけやろうということになり、港を巡りました。案外、沼津近辺の港は未知の世界だったのですが、なんとくなく寄ったのが内浦港でした。
周りの人達は主にカゴ釣りをしているようでしたが、イワイソメやユムシが余っていたので、二人でブッコミ釣りを始めました。アタリもなく、弟と話し込んでいた夕マズメに、突然私の磯竿が激しくブルンブルンと揺れだしました。慌てて竿を握ると今まで経験したことのない物凄い引きで、真下に引き込まれます。竿先が海面に突き刺さる、とはこういう状態のことを言うのでしょう。青物は横に走るので、それとは違いました。「なんだなんだ」と周囲の人たちもこちらを見ています。ところが、どうせ諦め半分だった私は、ここで大失策を犯していました。ドラグ(魚の引きにあわせて糸を送り出すリールの機能。これが効いていないと純粋に引っ張り合いになってしまい、張力を超えたところで糸が切れてしまう。)の調整を怠っていたのです。「ウワー。ドラグが出ねー(注:使い方がおかしいが、糸がちゃんと送り出されねーよ、ということ)。」と叫ぶのも束の間、急にフッと軽くなりました。仕掛けを巻き上げてみると、ハリス(針と直接結ばれている、一番先端の部分の糸)が切れていました。近くにいた地元らしいおじさんが「ありゃマダイだったな。」と慰めなのか冷やかしなのかわからない言葉をかけてくれました。私は暫く茫然自失で、そこにしゃがみ込んでいました。「やっちまった。」5号の糸を切るとは、どんな大物だったのでしょう。その後はカサゴやトラギスなどが釣れただけで、リベンジを誓い納竿としました。
帰ってから調べてみると、この内浦湾一体はマダイの稚魚放流が盛んで、また、養殖イケスから逃げ出したものも多数生息しており、近辺でも珍しく陸っぱりでマダイが狙える地域なのだそうです。俄然燃え出した私はそれからしばらく内浦港に通いました。
ところが、行けども行けどもマアナゴの猛攻(最初は嬉しかったが、いい加減飽きるくらい)に遭い、エゾイソアイナメ、ゴンズイ、オオスジイシモチ、コモンフグなど、外道の嵐がふきあれました。
あれはマグレだったかと思い始めた丁度1年後の11月3日の夜9時頃、また突然私の竿が大きくうねりだしました。「きたーっっっ」と竿を握り、リールを巻くこと数回、またもあっさりハリスを切られました。確か、今度はハリスを8号にしていたはずです。もうどうしていいのかわかりませんでした。
また帰宅後に調べてみると、「初心者は針掛かり後すぐ引っ張り合いを始めてしまうが、それでは根ズレ(海中の岩などに糸が擦れて弱くなること)などでハリスを切られることが多くなる。マダイは根にもぐる習性はなく、根を避けて泳ぐ。最初の走りは自由に泳がせて、動きが止まったら、リールを巻き始めるべし。」とのこと。「ああ、これか。釣りは難しいな。」と更に闘志を燃やし始めたのでした。
ところが、次の春から仙台へ転勤することになり、この教えを実践できていません。東京に戻ったら真っ先にやりたいのがこの釣りです。
というわけで、次回は宮城の釣りを現在進行形でお話します。

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タカサゴ
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イトタマガシラ
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リュウキュウヒメジ
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オジサン
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ヒトスジモチノウオ
夫婦で沖縄・石垣島に旅行に行ったことがあります。その時宿泊したホテルのオプションツアーのひとつにグルクン(標準和名タカサゴ)釣りというのがあり、妻に泣いて頼んで半日だけ船に乗って釣りに出ました。
仕掛けは胴突きのサビキで、いったん着底させた後、ちょっと浮かして上下にサビくだけの、まさにファミリーフィッシング。サンゴ礁の海はとても美しく、飽きない程度に写真のような見たこともないカラフルな魚が釣れて来るので、私は夢中になっていましたが、妻はどうやら酔っ払ってしまったようです。そこに雨もぱらついてきたので、ちょっと早めの沖上がりとなりました。
いつの日かGT(ジャイアントトレバリー)を狙いに、また来たいところです。

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ニセコ山麓付近を流れる尻別川。比較的里川の様相を呈している。中心に見える石の左際がヒットポイント。

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ルアー着水と同時に激しいしぶきがあがり、うれしい初アメマス。なかなかの引きでした。

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知床半島羅臼側のルサ川。この渓相の見事なこと。熊鈴、熊笛、熊スプレーのフル装備で入川。でもあまり奥までは入りませんでした。やはりここは人間が踏み込むべきではないような気がして・・・。

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さっそく来ました。初めてのオショロコマ。まだ道から50mも上っていません。

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くるくる。

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美しい。

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ルアーを岸のほうへ引いてくると、それを追ってきたオショロコマが勢いあまって岸に乗り上げちゃうんです。

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こいつはなかなか大きかった。それにしても美しい魚だ。

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あまりにも純粋無垢な魚たちにふと罪悪感をおぼえ納竿。そっとしておいてあげよう。

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ヤマメ
しばらく海釣りに傾注していた私ですが、ある年突然渓流に行きたくなったことがありました。これまたきっかけが思い出せません。ルアーロッド片手に荒川上流の渓に降り立って釣りを始めたところからしか憶えていません。
それはもう素晴らしいところでした。とくに直前まで東京湾奥や荒川河口なような、ある種ドブのようなところで釣りをしていたわけですから。新緑の隙間からの木漏れ日と、冷たく透明度の高い水のなかで、サッと渓魚の影が視界の端を走ります。時には岩を越え、時には腰まで水につかりながら、ひたすら上流に向かって釣り歩く。なるほど、渓流にハマる人が多いのも頷けます。
初日はヤマメを2匹釣りました。魚影が見えた瞬間、手元に伝わるサケ科の魚特有のクネクネ感のある引きは確かに病み付きになりそうです。しかも、その姿の美しいこと。写真の魚体は後に多摩川で釣った、銀色の強いものですが、初日の荒川のそれは、もっと色鮮やかで、パーマークもくっきりとしていました。
多摩川では他にニジマスもつれました。でも、その時私はあることを実感してしまいました。そのニジマスのヒレは周囲が丸まってしまっており、面積も少なくなっています。当然引きも弱々しいものでした。知識としては知っていましたが、いわゆる養殖ものです。
養殖自体は珍しくはありません。北米を原産地とするニジマスは北海道を除く日本では、まず自然繁殖できませんし、そもそも本州の内水面では日本古来のヤマメやイワナでさえ、そのほとんどを養殖放流に頼っているようです。その原資が(どれだけの比率を占めているかはわかりませんが)われわれが釣券とか鑑札を購入する際に支払う遊漁料なのです。
色々複雑な思いに駆られた私は、取り敢えずお金を払わなければならない場所(本州の渓流はほぼ全てでしょうか)での釣りは差し控えることにしました。
次回はトラウトの聖地北海道での唯一の釣行記をご紹介しましょう。

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スズキ
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メバル
私が青物の新天地を探していたころ、弟はルアーでのシーバス(スズキ)にハマっていたようです。狩野川河口などによく行っていたようですが、あまり大した釣果は聞こえてきませんでした。私も何度か弟から道具を借りてお供しましたが、釣れませんでしたし、たいして興味も湧きませんでした。
ところが、ある日突然この釣りにズッポリハマってしまいました。ある期間、ひとつの魚種だけをこれほど追いかけ続けたのは後にも先にもスズキだけです。
きっかけは何故か思い出せません。ただ、新木場の若洲運河でワームを投げたらセイゴ(スズキの子供:~30cm位)がパシャっと飛びついてきたのです。それから数年間、春夏秋冬ずーっと有明~新木場界隈を夜な夜な徘徊して、スズキを狙い続けました。
この釣りが面白かった理由に、釣り場探しということが挙げられます。都会の海は、すぐそこに見えていても、実際に水際へ辿り着くのが非常に困難です。殆どが埋立地で、水際は大抵誰かの所有地になっています。この、地図を眺めつつ竿を振れるところを探すというドラクエ的な行為が、私のツボにぴったりとはまりました。徹夜して、壁を乗り越え、ハシゴを降りて、新たなポイントを見つけたときの充実感は今でも憶えています。
でも、何故かセイゴしか釣れませんでした。なかなかフッコ(30~60cm位)が釣れません。そんな悩みを抱えていたころ、新聞で河川内でフッコ爆釣の記事を読みました。なるほど、でかい奴はそっちにいるのか、と荒川を少し遡ってみることにしました。
その日がやってきました。中川と綾瀬川の合流地点あたりでフッコの入れ食いに遭遇しました。10月の中旬の満月の夜でした。そしてついに念願のスズキ(70cm、写真)まで釣り上げてしまいました。それまであんなに苦労したのに、釣れる時はこうも簡単に釣れてしまうのかと、自然の神秘に驚嘆です。
と同時に、入れ食い&スズキサイズゲットにより、この釣りは卒業としました。
写真以外の外道としてはカサゴ、スレでアカエイ、ボラなど。
次はヒラスズキを狙ってみたいですね。

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カンパチ
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イナダ(ブリ)
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マルソウダ
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タチウオ
房総半島での新天地発見に失敗した私は、逆に伊豆半島よりも西に目を向けました。まずは片浜仕掛け発祥の地とされる片浜海岸(沼津の辺り)です。
初めて行った日にいきなり驚かされたのは、その人の多さでした。ここは右も左も見渡す限りの砂利浜なのですが、その海岸線に沿って釣り竿がびっしりと林立しているのです。さすがメッカ、と期待に胸を膨らますも、空いている場所を見つけるのにずいぶんと歩いた記憶があります。(気の弱い私はなかなか人と人の間に割り込めません。)
やっと空きスペースを見つけ、仕掛けを放り込んだのですが、周りの人は何もせず、ただボーッと海を眺めています。「釣りしないんならどけよ」と心の中で思いつつ、ひたすら私だけ仕掛けを投げ返すのですが、一向につれません。「あれー?」とか思っていると、突然目の前にナブラが立ちました。すると一斉に皆が竿を振り始めます。と同時にそこかしこでソウダガツオがあがっています。なるほど。回遊魚だけに回っていないときは、仕掛けを打ち込むだけエサの無駄なのです。地元の人はそれがわかっているのでしょう。回っていないときに必死にエサを撒いて魚を寄せる役に、私はなっていたようです。でも、結果としては私もそこそこソウダガツオを釣ることができました。
家へ持って帰り、タタキにして食べたのですが、宇久須港で釣れたものより、味が劣ります。そうです。ソウダはソウダでもマルソウダだったのです。それまで意識していなかったのですが、片浜で釣れたのはすべてマルソウダでした。宇久須港のは今思えばヒラソウダでした。並べてみないと判らないぐらいの違いですが、味は全然違いました。以来、何度か片浜海岸には通いましたが、結局ソウダは全てマルソウダしか釣れませんでした。
他に片浜で釣れた魚としてはシイラ(「老人と海」で老人が格闘した魚。こんな魚まで釣れるのには驚きました。さすがに凄い引きでした。)、メッキ(ギンガメアジ)、カタクチイワシなどがあります。
そもそもの新天地探索の目的はブリ系の青物を釣ることだったはずですが、片浜仕掛けではソウダガツオしかつれませんでした。そこで更に西を目指すことにしました。
清水港の先に「三保の松原」で有名な三保海岸があります。ここも有名な青物スポットです。加えて、ソウダしかつれない片浜仕掛けに見切りをつけ、ルアー(メタルジグ)での挑戦です。
これが当たりました。写真にあるような、ブリ系の青物や、タチウオなどという外道と言うのもおかしいけど想定外の魚が釣れました。しかも、浮きが沈んでから引き上げる片浜仕掛けと違い、ルアーですから、いきなりガツンときてグングーンという強烈な引きをダイレクトに堪能できます。しかも入れ食い状態も何度か味わいました。(その分釣れない時はまるで釣れない。好不調の波が激しい釣りでもあります。)
イナダなどは、食味もソウダのそれより格上だと思います。純粋な刺身でも充分イケます。
夏になると必ず行きたくなる釣りですね。

ここで、それまでの遍歴とも、その後の方向性とも全く関係ないのですが、ひとつ思い出した釣りがあります。
会社に入って丸2年が経ったころ、酷い失敗プロジェクトの応援要員に狩り出されたことがありました。徹夜と休日出勤が続き、ヘロヘロになっている私を不憫に思った弟が、どこから聞いてきたのか、「河口湖へニジマスを釣りに行こう」と企画してくれたのです。まだ小雪のちらつく早春の河口湖に、完全防寒でボートを漕ぎ出しました。
何やら水面がざわついている方へと漕いではミノーやスプーンを投げます。すると、今では考えられないような50cm級のニジマスがバカスカ釣れました。挙句の果てには、スプーンでブラックバスまで釣れてしまいました。
でも、何故かそんなに面白かったという記憶がありません。青物に比べると引きもイマイチです。ブラックバスに至っては、「なんだかキモチワルイ魚だな」とさえ、思ってしまいました。
多分、この釣りも二度と行きません。

それまでカゴ釣りで伊豆半島を巡っていたのですが、どうしてもソウダガツオやサバなどのサバ科の青物しか釣れませんでした。どうしてもブリ系の青物が釣りたくて、「房総半島に行ってみよう。あっちには俺たちの知らない新天地があるかもよ。」と弟と車中1泊で遠征したことがあります。
ところが(というか当然)イナダなんかその影すらありません。釣具屋で聞いても「そんな魚回ってきてないよ」と笑われる始末。館山港で豆アジの爆釣に、そして名前も忘れた鄙びた港でキュウセンの爆釣に遭遇したぐらいでした。あとは、豆アジの爆釣に混じってヒジョーに危険なハオコゼが釣れたのと、これまたどっかの港で、凄いナブラがたったので片浜仕掛けを放り込んでみたら、巨大なボラが釣れた事を憶えています。
多分もう二度と行きません。

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マルソウダ
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マルアジ
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メジナ
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アイゴ
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アオチビキ
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ホシササノハベラ
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オキエソ
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クロホシイシモチ
ある日、いつものようにチョイ投げでキスなどを狙っていると、周りの人たちは何やら銀ピカでプリプリした魚をポンポン釣りだしました。竿も弓なりですごく楽しそうです。「あれは一体なんだろう?」と弟とふたり羨望の眼差しで眺めていたのですが、私たちの竿にはその魚は釣れてはきませんでした。
後日、「わかったぞ」と弟が冷蔵庫(当時弟は大学生のくせに一人暮らしをしていた)から例のプリプリの魚を出して言いました。「ソウダガツオ」って言うんだ。釣り方は・・・と、見たたこともない仕掛けの説明を始めました。どうやら大学の先輩に聞いたようです。
そのとき聞いたのは俗に「ブリッジ」とか「片浜仕掛け」とかいう、大きな木玉ウキ二つの間に、マグロのハエナワ漁のように、土佐カブラを数本張るような、なんとも怪しげな仕掛けと、ネズミのような形をした飛ばし浮きのさきに弓ヅノという、これまたへんてこな和製ルアーみたいなものを結んで、高速で引っ張ってくるサーフトローリングと呼ばれる仕掛けの二つでした。「こんなんで本当に魚が釣れるのかよ?」と半信半疑で夜明け前の宇久須港へ向かったのでした。
見よう見まねで片浜仕掛けを投げると、しばらくしてウキが消しこみました。「おっ?」と巻き上げると、一応魚の感触はありますが、難なくあがってきます。妙に細長い、名前のわからない魚でした。地元(と思われる)のおじさんに聞くと「こりゃムロアジだな」とのこと。とりあえず喜んで良いのかもわからず、また次を投げ込みました。その後、弟がブリッジと、なんとあのへんてこなサーフトローリングでもソウダガツオを釣り上げ、大変楽しそうです。「何で俺にはこねえんだよ」とふてくされてテトラポットの上に竿を寝かせてボーッとしていると、突然ガリガリっとひっぱられていく音がしました。はっとウキを見ると2つともとっくに見えなくなっています。「うおっ」と竿を握ると、先ほどとは全く違う引きが伝わってきました。5号の磯竿を右に左に振り回します。これがカツオ(厳密にはソウダガツオ)の引きか、と一瞬にして青物の引きの虜になってしまいました。
その後、先にはウキではなくオモリを付けた普通のサビキ釣りや、普通の針にオキアミを喰わせエサとしてつける本当のカゴ釣りなど、バリエーションも増えて、しばらくカゴ釣りにハマっていました。
写真の魚以外では、マアジ、ムロアジ、マイワシ、ヤマトカマス、カワハギ、マサバ、タカベ、ヒラソウダなどが釣れました。今でも行きたい釣りのひとつです。

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ネズミゴチ
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クサフグ
そんな、川釣りしか知らない私が海に出たのは大学に入ってからでした。サークル(注:別に釣りサークルではない)の仲間と突然「河口湖へブラックバスを釣りに行こう」ということになり、散々な目に遭った後、そのまま南下して早川(小田原の辺り)のテトラポットの隙間で穴釣りみたいなことをしたら、いろんな魚がやたらと釣れたのがきっかけです。当時は海の魚の知識がまるでなく、何が釣れたのかは今となっては全く憶えていませんが、「これからは海だ!」と悟ったのでした。
折りしも車を手に入れ、行動半径もぐっと広がり、かつ暇もやたらとあったこの時期、以来特に伊豆半島を中心に、色々な港を巡りました。
これも時代が古く、写真はあまりありませんが、ウミタナゴ、カサゴ、シロギス、メゴチ、ハゼ、フグ、チャリコ、メバル・・・などが釣れました。特に西伊豆の宇久須港はそんなにド遠投しなくてもキスが釣れ、外道も豊富ということでよく通いました。そしてそんなチョイ投げを弟と宇久須港でしていたある日、衝撃的な光景に出くわすのでした。(続く)

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オイカワ(♂)
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オイカワ(♀)
そんな中でひとつのバリエーションができました。毛ばり釣りです。どうしてそんな釣り方を覚えたのかも記憶がはっきりしませんが、誰かが捨てた毛ばりの仕掛けを拾って、見よう見まねで始めたのだと思います。釣れる魚種はオイカワと希にウグイが混ざるだけで、極端に少なくなりますが、今までウキを見てアタリをとっていたのに比べて、手元に直接ブルルルッと伝わる魚の感触が新鮮で病み付きになりました。時期も夏の夕方、つまり羽虫の飛び交うとき限定ですが、川に立ちこんでのこの釣りは、今では風物詩でさえあります。
写真は当時のものではなく、子供ができてからと、20年も後のものです。久々に実家に帰った夕方、竿を片手に川へ向かうと、そこには変わり果てた川の姿がありました。草が生い茂っていた川岸はコンクリートで固められ、瀬や淵のあったはずの川底もまっ平らにならされていました。
「これは魚なんか住めないな」と思いつつも、せっかくなので竿を振ってみることに。しばらくするとプルッという懐かしいけど弱々しい感触がありました。すんなりあがってきたのはオイカワのメス。だけど10cmもないほど異常に小さい。川の中にエサとなるものが少ないのでしょう。ほとんどこんなサイズでした。なんとかオスもとがんばると、ほとんど暗くなったころにようやく釣れてきました。オイカワのオスの婚姻色は本当にきれいですよね。でもやっぱり小さい。
親父に聞くところによると、最近はオイカワ以外は釣れないとのこと。コイやフナは深みがなければ住めません。長良川河口堰や諫早湾干拓事業などは氷山の一角で、この手の護岸工事などはおそらく日本中で行われているのでしょう。私が知る限り、この川が氾濫、堤防決壊、洪水などを起こしたことはありません。本当に必要な治水事業とは何なのでしょう。釣りキチ三平の一平じいさんがこんなことを言っていたのが思い出されます。「鳥も魚も住めない世界に、果たして人間が生きていけるのじゃろうか。」

「釣りは鮒(フナ)に始まり鮒(フナ)に終わる」と言われますが、私もまさにそうでした。のべ竿に玉ウキをつけただけの仕掛けで、エサはミミズ。こんな簡単な仕掛けで実家の裏の川へ父や弟とよく釣りに行きました。いつ頃から始めたのかは、もう記憶が薄れていて明確には思い出せません。小学校時代には既に行っていたと思います。
当然デジカメなんてものはなく、写真をお見せできないのが残念ですが、本当にいろいろな魚が釣れました。アブラハヤ、ウグイ、オイカワ、カマツカ、カワムツ、コイ、ナマズ、ニゴイ、ドンコ、ギンブナ、キンブナ、モツゴ、タモロコなどなど。時には30cmのコイや50cmのナマズなど、結構な大物も釣れました。道糸なんて当時はせいぜい1号程度ですから、今考えるとよく上がったものだと思います。
中学になるとサッカー、高校はバイクとバンドなど、一時釣りから疎遠になることもありましたが、自分で車を運転するようになるまで、釣りと言えばこんな感じでした。

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